東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8922号 判決 1966年11月30日
原告 佐藤房江 外三名
被告 福田と免
主文
原告らの請求はすべてこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告ら
被告は原告らに対し金二四〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年四月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
なお仮執行の宣言を求める。
二、被告
主文と同趣旨。
第二、請求原因
一、(一) 訴外宇部竜之助は昭和四年六月一四日訴外福田条蔵から江東区亀戸町二丁目三五番のうち北側宅地一五九、二〇平方メートル(四八坪一合六勺、以下(イ)宅地という)を普通建物所有の目的で期間二〇年賃料一月坪当り四〇銭毎月二八日払いの約で賃借して同地上に建物を建築所有し、
(二) 竜之助の長男訴外宇部竜太郎は、昭和九年四月一日福田条蔵から江東区亀戸町二丁目三六番、宅地一五〇、五四平方メートル(四五坪五合四勺一才、以下(ロ)宅地という)を普通建物所有の目的で期間二〇年賃料一月一六円三九銭毎月末日払いの約で賃借して、同地上に建物を建築所有し、
(三) 原告らの実父亡生明玄之助(以下単に玄之助という)は昭和一三年四月中に竜之助及び竜太郎から(イ)(ロ)の宅地上にある同人ら所有の建物を買受けるとともに、賃貸人福田条蔵の承諾を得て、右(イ)、(ロ)の宅地の賃借権を譲り受け、一方被告は同一八年六月二五日相続によつて(イ)、(ロ)の宅地の所有権を取得したのでここに玄之助に対する賃貸人の地位を承継した。しかし同二〇年三月九日夜の戦災により(イ)、(ロ)の宅地上にある玄之助所有建物は焼失した。
二、ところが被告は玄之助が罹災建物の敷地である(イ)、(ロ)の宅地に有する賃借権を無視し、昭和二三年秋頃これら宅地を訴外三紫株式会社に賃貸したので玄之助はこれに抗議し、その結果同年一一月一日被告と玄之助との間に(イ)、(ロ)の宅地を目的とする二個の賃貸借契約を江東区亀戸町二丁目三六番の一宅地二三一六、八二平方メートル(七〇〇坪八合四勺)のうち西南角地二二二、一四平方メートル(六七坪二合、訴状添付図面のとおり)を目的とする一個の賃貸借契約に改めた。右契約の内容は、普通建物の所有を目的として期間の定めなく、賃料一月三三六円毎月末日払いの定めである。
その後玄之助は昭和二六年七月二〇日に死亡したため、同日その妻とくが上記賃借権を相続し、同三九年三月二七日とくもまた死亡したので同日原告らが共同でこの借地権を相続し、被告に対する賃借人の地位を承継した。
三、ところで本件六七坪二合の土地を含む亀戸町二丁目の土地は昭和二六年三月一五日都公示第二四三号により特別都市計画法に基く区劃整理の施行地区に該り、三六番の一の宅地については同三〇年七月二一日に仮換地の指定があり、同三二年五月二日に右仮換地上に建物の移転を完了している。
そして元来換地処分は、目的たる土地の創設、変更の効力を有するものと解されるから、賃借権についてはその申告のない限り換地上に借地権が創設されないのであるが、右申告は施行者に対し区劃整理事業の工事が完了して、換地処分の公告のある日までに土地所有者の賃貸事実を証する書面を提出してこれをなすことが心要であるところ、生明とくは既に昭和三一年二月一四日以来被告に対し賃借権の申告につき協力を求め、結局同人は被告がこれに応じないまま死亡したので、やむなく原告らにおいて同三九年九月被告に対し六七坪二合の土地に賃借権を有する旨の確認と右賃借権の届出に協力するよう求めて訴を提起した。しかし、同四一年一月八日に右土地を含む三六番の一の宅地について換地処分の公告がなされたのでここに翌九日原告らはもはや権利申告の機会を逸し、結局換地上に設定されるべき賃借権を喪失したことになつて上記の請求もこれを維持する利益を失うに至つた。
四、原告らが上記のように賃借権を喪失したのは被告が本件六七坪二合の土地の賃貸人として、賃借人たる生明とくまたは原告らが区劃整理事業施行者に対してなす権利申告の手続に協力すべき義務があるにも拘らず、口実を構えてこれを拒み、遂に右申告の機会を失わせたことによるものであるから、所詮被告の原告らに対する賃貸借契約上の債務は被告の責に帰すべき事由によつて履行不能に帰したものというほかない。そうすると、被告は右債務不履行により原告らの蒙つた損害を賠償すべきでありしかして原告らに与えられるべき換地上の賃借地積は、三六番の一の宅地二三一六、八二平方メートル(七〇〇坪八合四勺)の換地が一六五五、九〇平方メートル(五〇七坪九合一勺)に減歩されたことに応じて二二二、一四平方メートル(六七坪二合)の地積からその二割九分を減じた一五七、六八平方メートル(四七坪七合)になるというべく、一方、前記のように換地処分の公告がなされて履行不能の生じた昭和四一年一月九日当時における右借地権の価格は坪当り金一六〇、〇〇〇円と見るべきであるから、その四七坪七合分に該る金七、六三二、〇〇〇円が被告の債務不履行により通常生ずべき損害といわねばならない。
五、よつて原告らは被告に対し前項の損害額のうちとりあえず金二四〇、〇〇〇円及びこれらに対する右金額を訴求する準備書面が被告に送達された日の翌日である昭和四一年四月一二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、被告の答弁
一、請求原因第一項、同第二項のうち、被告が原告ら主張の頃訴外三紫株式会社に対し(イ)、(ロ)の宅地を賃貨したこと、原告ら主張の頃玄之助に対し江東区亀戸町二丁目三六番の一宅地二三一六、八二平方メートル(七〇〇坪八合四勺)のうち二二二、一四平方メートル(六七坪二合たゞし原告の指示する場所ではない)を普通建物所有の目的で賃料一月三三六円毎月末日払の約で賃貸したこと、同第三項のうち、上記七〇〇坪八合四勺が特別都市計画法に基く区劃整理の施行地区にあたり、それぞれ原告ら主張の頃仮換地の指定仮換地上への建物の移転さらに換地処分の公告がなされたことは認めるがその余の原告らの主張事実は否認する。
二、抗弁
被告は、昭和二〇年三月九日夜の戦災で建物が焼失したのち、玄之助の行方が分らないため、前記のように(イ)、(ロ)の宅地を三紫株式会社に賃貸したのであるが、その後玄之助からの申出により前記のように同人に六七坪二合を賃貸したものである。しかし、右六七坪二合は七〇〇坪八合四勺のうち私道の南側ではあるが、原告らの指示するところと位置、形状を異にし、かつまた借地権の期間も同三一年九月一五日までの約であつた。
そして被告は玄之助の相続人に対し昭和三〇年三月七日到達の書面で六七坪二合の土地につき賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたから、ここに同契約は同三一年九月一五日限り終了した。従つて、右契約がその後なお存続することを前提とする原告らの主張は理由がない。
第四、被告の主張に対する原告らの答弁
一、被告は昭和二三年一一月頃玄之助に賃貸した土地が江東区亀戸町二丁目三六番の一の宅地七〇〇坪八合四勺の一部であること及びその坪数、賃料額が原告ら主張のとおりであることを認めるのであるから、たとえその位置、形状を争うとしても、それは、被告に対して、六七坪二合の土地につき賃貸人としての債務の履行不能による損害賠償を求める本訴請求に影響を及ぼすものではない。また被告がその主張の頃更新拒絶の意思表示をしたことは否認する。
二、再抗弁
仮に被告の主張するように、六七坪二合の土地の賃貸期間が昭和三一年九月一五日までと約定されたとしても、
(一) この約定は借地法第一一条によつて無効である。なんとなれば
1. (イ)、(ロ)の宅地は罹災建物の存在していた土地であるから、これら土地を目的とする賃貸借契約の期間は罹災都市借地借家臨時処理法第一一条の規定によつていずれも当然に昭和三一年九月一五日まで延長されることになるが、本件六七坪二合の土地は玄之助の罹災建物が存在していた土地ではないのであるから、同法条の適用がないこと論を俟たぬ。
2. 右の主張が認められないとしても、六七坪二合の土地賃貸借契約は、従前の(イ)、(ロ)の宅地を目的とする賃貸借契約の目的変更による更改にほかならぬから従前の契約とは同一性がないというべきである。このことは(イ)、(ロ)の宅地を目的とする二個の賃貸借契約を一個の賃貸借契約にしたこと、(イ)、(ロ)の宅地は合計九三坪七合一勺であつたがこれを六七坪二合にしたこと及び(イ)、(ロ)の宅地の賃料は合計して一月金三二円六五銭四厘毎月二八日払であつたがこれを一月三三六円毎月末日払にしたことなどの事実に照して明らかである。
(二) 従つていづれにせよ、期間は借地法第二条の適用により契約の日から三〇年と解すべくこれを昭和三一年九月一五日までと定めても同法第一一条に抵触する。以上の主張が認められず仮りに被告においてその主張の頃更新拒絶の意思表示をしたとしても仮換地指定の段階では基本たる権利はなお従前の土地に存在しているから右指定のなされた昭和三〇年七月二一日以後においても生明とくは従前の六七坪二合の土地につき賃借権を失つたものではなく、そしてとくは同三一年二月一四日以降右土地上に同人名義の建物一棟を所有して同年九月一五日を経過したのちも引続きこの土地を建物敷地として使用していたのであるから、貸地人たる被告の異議は正当事由に基くことを必要とするところ、被告の更新拒絶の意思表示には上記事由が具備されていない。すなわち、
1. 被告は、江東区亀戸町二丁目に一千数百坪に及ぶ土地を所有し、そのうちには数百坪の空地が存在するしまた肩書住所に広大な邸宅を有して一人住いを続けているのであるから、敢て自ら本件六七坪二合の土地を使用する必要は毫もない。
2. これに反して、生明とくは玄之助の死亡後、女手一つで原告らを養育し、苦しい生活を続けて来たため、玄之助の唯一の資産である本件六七坪二合の借地上に建物を建築する財力もなく、ようやく昭和三〇年秋頃になつて訴外斉藤三次郎所有の建物を訴外長谷川角次郎から金六七万円を利息年一割八分損害金日歩九銭八厘の約で借り受けることによつて買い入れ、この建物を右六七坪二合の土地上に移築した。しかしながら、とくはその後この建物を他に賃貸し、そこから挙がる賃料をもつて借入金の利息等の支払に充てたので自ら同建物に居住したいとの希望も遂にかなえられず死亡し、原告らもかような状態を受け継いで親戚の同情のもとにどうにか生計を樹てているのである。
されば六七坪二合の土地賃貸借契約は昭和三一年九月一五日の経過とともに更新されたというべきである。
第五、右に対する被告の主張
原告らの再抗弁事実はすべて否認する。なお生明とくは墨田区石原町三丁目三番地に都電通りに面した荒物雑貨商の店舗を有し、その他にも不動産を所有していた。そして、原告らは右とくの資産を共同相続して荒物雑貨商を経営している。
第六、証拠<省略>
理由
一、被告が昭和二三年秋頃、三紫株式会社に対して(イ)、(ロ)の宅地を賃貨し、また同年一一月一日頃玄之助に対して江東区亀戸町二丁目三六番の宅地二三一六、八二平方メートル(七〇〇坪八合四勺)のうち、二二二、一四平方メートル(六七坪二合、もつともその位置、形状については争いがある)を普通建物所有の目的で賃料一月三三六円毎月末日払の約で賃貸したことは、当事者間に争いがない。
そして、いずれも成立に争いのない甲第七号証、乙第一、第二号証及び弁論の全趣旨に徴すれば、玄之助は昭和二六年七月二〇日に死亡したので、同人の妻生明とく及び子である原告らにおいて、玄之助の権利義務を共同相続したが、本件六七坪二合の土地の賃借権については原告らにおいてその準共有持分を放棄したか、またはとくに譲渡したものと推認され、その反証はない。そうすると、生明とくは六七坪二合の土地につき被告に対する賃借人の地位を承継したものというべきである。
二、(一) 被告は六七坪二合の土地の賃貸借契約は存続期間を昭和三一年九月一五日までと定めた旨抗弁する。そして前出乙第二号証及び被告本人尋問の結果によつて、右抗弁事実はこれを肯認するに足り、成立に争いのない甲第九号証の二の記載もこの認定を動かすに足らず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) 原告らは、上記期間の定めは、借地法第一一条によつて無効であると主張する。しかし当事者間に争いのない請求原因第一項の事実及び前出乙第二号証、並びに被告本人尋問の結果を綜合すれば、玄之助、被告間には、六七坪二合の土地賃貸借契約に当つて、従来玄之助が賃借し、罹災建物の存在していた(イ)、(ロ)の宅地の残存期間が、それぞれ昭和二四年六月一三日、同二九年三月三十一日までという遠からぬ時期にあり、右六七坪二合の土地もまた罹災跡地であるため、罹災都市借地借家臨時処理法第一一条に準拠して同二一年九月一五日から一〇年という期間を合意したものであることが窺われるから、かかる締約の経緯に照せば、本件六七坪二合の土地賃貸借契約が(イ)、(ロ)の宅地の賃貸借契約の更改に該るか否かにかかわりなく、上記期間の定めは、借地法第一一条に抵触するものではないというべきであり、原告らの叙上の主張は採用できない。
三、(一) 被告は、玄之助の相続人に対し、昭和三〇年三月七日到達の書面で六七坪二合の土地賃貸借契約につき更新拒絶の意思表示をしたと主張する。しかして、右にいう更新拒絶の意思表示は借地法第六条にいわゆる異議に該ると解すべきであらうが、この異議は借地権の消滅後になお使用を継続することによつて賃借人の土地使用が適法化することに対する反対の意思表示にほかならないから、まだ借地権の消滅していない以前に、借地権が消滅したときは明け渡すよう申し入れただけでは、不十分というべく、従つて本件六七坪二合につき前記のように存続期間を同三一年九月一五日までとする定めのある以上、たとえ被告において同三〇年三月七日にその主張のような意思表示をしたものとしても、これに同条の異議としての効力を認めることはできない。
ところで、六七坪二合が、七〇〇坪八合四勺の土地のいずれに位置するか争いのあることは前記のとおりであるが、いずれも成立に争いのない甲第六号証、第八号証の二、前出甲第九号証の二、乙第一、第二号証を考え合わせると、生明とくは昭和三一年一月末頃斉藤三次郎から木造瓦葺平家建居宅一棟を買受け、これを少しく東方に移築して同年二月一四日上記七〇〇坪八合四勺の地上に在る家屋番号亀戸町二丁目三六番の三の建物としてその旨の取得登記を経由していること反面被告は同三一年三月東京地方裁判所にとくを相手として同人名義の右建物の収去、土地(五四坪九合四勺三才)明渡を求める訴を提起し、該訴訟においても被告は同建物の敷地は賃借地たる六七坪二合に含まれるとのとくの抗弁に対し、仮にそうだとしても同三〇年三月七日到達の書面で更新拒絶の意思表示をした旨の主張をしていること、そしてこの訴訟は同三一年九月一五日を経過したのちもなお繋属していることが認められる。
以上のような経緯に基けば、六七坪二合が七〇〇坪八合四勺の土地のいずれの部分に存在するかは暫く措きとくが賃借していたのは七〇〇坪八合四勺のうち六七坪二合より他はないのであるから、被告は右六七坪二合の賃借人であるとくに対してその借地期間満了後に借地法第六条により異議を述べたものと認めて差支えないと解される。
(二) しかして原告らは賃借地六七坪二合の地上に、前記生明とく所有名義の建物が存在すると主張する。しかしながら、この点に関する前出甲第九号証の二の記載は未だ右主張事実を認めるに足りず、その他この事実を認めるに足る的確な証拠は見当らない。
そうだとすれば、借地上に建物がないときは借地権消滅後貸地人が異議を述べさえすれば、ただそれだけで(正当事由の具備を要せず)法定更新の効果は阻止されるわけであるから、とく、被告間の六七坪二合の土地賃貸借契約は(一)で認定した異議によつて前記昭和三一年九月一五日限り終了したものといわざるを得ない。
(三) なお、本件六七坪二合を含む七〇〇坪八合四勺の土地については土地区劃整理が施行され、昭和三〇年七月二一日に区劃整理事業施行者によつて仮換地の指定がなされたことは当事者間に争いがないから、とくは土地区劃整理法第九九条一項の規定により従前の土地六七坪二合についてこれを使用収益できない状態にあつたといわねばならない。しかしながら、かように仮換地指定処分がなされた段階においても、土地所有者に対する関係では基本たる権原(借地権)はなお従前の土地に残存し、ただ公法上これに基づく使用収益権能のみが仮換地に移行するに過ぎないのであるから、所有者、賃借人間では依然として従前の土地について借地法第六条一項にいわゆる「土地ノ使用」という観念が容認されてしかるべく、従つて同条による法定更新の成立する余地があるといわねばならない、(もつとも本件では、とくが施行者に土地区劃整理法第八五条の定める権利申告の手続をせず、延いて施行者から仮りに使用収益しうべき部分の指定を受けていなかつたことは原告らの自認するところであるから同人は仮換地についてもこれを現実に使用収益することができなかつたわけであるが、しかし、借地人としては換地処分の終了まで何時でも右申告をなし得るのであるから、とくが当時仮換地を現実に使用収益できる状態にあつたか否かによつて上記の結論は左右されない。)
さすれば、仮換地指定処分の存在は更新に関する前叙の判断に消長を及ぼすものではない。
四、以上のとおりであるから、江東区亀戸町二丁目三六番の一宅地二三一六、八二平方メートル(七〇〇坪八合四勺)のうち二二二、一四平方メートル(六七坪二合)の土地につき、生明とくあるいは同人の権利義務を共同相続したという原告らにおいて昭和四一年一月八日に至るまで引続き賃借権を有していたことを前提とする原告らの本訴請求は爾余の判断を俟つまでもなく失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条一項本文の規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中田四郎)